S・B・B・M・・
SuperBlueBloodMoon。
今夜の皆既月食は、そんな名前だそうで・・
確かに神秘的な赤でした。
高い位置の月。なので長玉必須。
久しぶりにE-M1+50-200の出番・・
皆既月食を撮るのは初めて。
明るい月なら、E-M1の手ぶれ補正を頼れば難なく撮れますが、
コレはちょっと難しかった。
月って意外と早く移動していくので、1秒くらいで収めないと画がぼやけてしまう。
αでガツンとISO上げてSS早めで撮ったら、キレた赤月が撮れたかなぁ・・
宇とカメラに、ロマンを感じる夜でした。
OM-D E-M1+ED 50-200mm F2.8-3.5 SWD
カメラ雑感・E-M1 MarkII・・
JUGEMテーマ:写真日記
早速、オリンパスの伝道師ロビン・ウォン氏から、MarkIIに関するレビューが届いています。
12-100mmPROの描写力も然ることながら、MarkIIの動体補足力もいい感じです。
彼のブログ写真をクリックすると、連写した写真はソレが連続して見ることができます。
MOTO GPの連写シーン55カットのうち、僕がピンが甘いと感じた写真は6枚ほど。
彼のコメントでは、5枚とあります。約90%の歩留まりとは大した進歩。
スケートボードの連写シーン。
これは逆光でスケーターが手前に来るシーン50カット。
ジャンプ後2カット、甘目に見えるけど、これは被写体ブレのようにも感じる。
コレは凄いな。
ニコキャノでは当たり前のコトかもしれませんが、
オリ使いは思わず小躍りしてしまうかも・・
僕が何気にオッと思ったのは、台車を押して近づく男性を捉えた44カット。
全てジャスピン。画面一杯に迫って来るシーンって意外と難しいんでね。
他にもスナップショットなど、ロビン氏が撮るオリらしい写実主義的なカリッとした
作例が多数上がっています。
いつもの僕なら、この時点で仮予約へ進む。
そんな行動を取るところですが、前のエントリーでも書きましたが、今は我慢です。
取り敢えず、MFT撤収はやめておこう。
M.ZD ED75mm f1.8+OM-D E-M1
E-M1・EVF 焼きつきに思うこと・・
JUGEMテーマ:写真日記
某口コミサイトで、かなりの議論となっていた「E-M1・EVFが焼き付く問題」
ビューファーの接眼レンズとEVFの距離、太陽光の入射角度等々、ある一定条件に達すると
生じる障害のようです。
なるほど、理科の実験。虫眼鏡を使って火をおこすというアレですね。
EVFのパネルなんて、ソレこそ熱に弱い素材の塊だろうから、条件が整えば悪い結果となるでしょう。
ただ、カレコレ3年近く使っていますが、僕は経験していない事象です。
もちろん晴天下で1日使用すること多数でした。
その理由は、他の方々と使っているストラップが違うから・・
多分そうだと思います。
僕が近年愛用しているストラップがコレ
この写真だとわかりづらいかもしれませんが、カメラのペンタ部の向きを見ると察しが着くかと・・
このストラップ、通常のモノがカメラのショルダー部にある金具に、D冠等を介して吊るのに対して、
コレはカメラ底部の三脚座のネジ穴に、専用のプラグを付けてカメラを吊るします。
こんな感じ・・
これだと見ての通り、待機時ファインダーは水平に近い位置にあるので、太陽光の入射はほぼ無いです。
思うに、被害に会われた方々の多くが、純正またはそれに準ずる吊り方のストラップを使用されていたのではないかと・・
その場合、レンズの重さでファインダーが上を向いてしまうので、障害が発生する確率が高くなります。
今回の問題、欠陥商品じゃないか、はたまたファインダーシャッターを付けるべき、等々意見する人が散見されますが、
ソコまでメーカーが予防策を講じる必要があるのかどうかというと、僕は必要ないと感じます。
世の中万人が満足するプロダクトなんて存在しません。
平均点で世に出てくるから、ある程度の価格帯に落ち着く訳で、
ソレをどこまでも自分の摂理を押し付けようというのであれば、ソレはもうオーダーメイドしかないです。
過度なメーカーへの要求は、価格上昇を招くだけですし、ソレを企業努力で何とかせい!なんて言ってると
廻り回って自分に返ってきます。
もう経験ずみですよね?
道具を使うのであれば、それ相応の想像と工夫、そして対策も必要。
ミラーレス機を愛する諸兄に、ぜひお薦めしたい逸品です・・
また1年・・
時が過ぎました。
あれから5年。
迅速とは到底言えませんが、被災地は確実に復興への歩みを進めているようです。
僕が南三陸町の防災対策庁舎を訪ねたのも、かれこれ2年前。
現在は周囲に街全体を高台にする土盛りが築かれ、もうこの広々した景観は望めない模様・・

僕の記憶の奥深い所に残るこの街の景観は、これでさらに遠のく訳ですが、
この街の再生には不可欠な事。
それより5年前の今日。多くの方々の犠牲の上で、僕らの脳裏に刻まれた教訓は
決して忘れてはいけませんね・・
戻ってきた・・
E-M1が修理から戻ってきました。
やはり、修理期間中、症状の再現は無かったようですが、3回めの修理依頼ということで、
部品交換をしてくれたそうです。
なので、手元のE-M1は快調そのものです。
この修理期間中に、八王子の修理センターの方と電話でお話する機会があり、
対策部品の事とか、これからの事をを聞いてみました。
この現象に対しての対策部品は無いそうです。ただ問題があれば徐々に部品の改善等はしているとのこと。
今後同様の障害が起きた場合は、その都度修理対応でと、まぁ何とも優等生的な回答しか得られなかったのですが、
あとは僕がOLYMPUSというメーカーをどこまで信頼していくか?
そんなところでしょうね。

三崎漁港 三崎昭和館にて・・
今回の障害、メカにある程度詳しい方なら、何とも不思議な事象と思うでしょうね。
ココに使われているパーツは、ロータリーエンコーダと思われるのですが、
それが半年程度で、接触不良になる原因がよく判らない。
僕は1枚撮る毎に、拡大表示して写りを確認するので、接点の劣化が激しい?
いや、違うな。 それならダイヤルグリグリで症状は回復しない。
湿気等で、接点に酸化皮膜が出来てしまう? ソレをグリグリ廻すことで皮膜が削れて
接点が復活し、症状が改善される? そんなロータリーエンコーダって、どんな品質?
結局そんな、品質なんでしょうが・・
なんだか、よく判らない。多分開発担当者のみがハラハラしている原因と思われます。
取り敢えずなんですが、僕的、それも心理的不安対応として、デフォでは役割分担の多い
リアダイヤルの負担を軽減すべく、フロントダイヤルに拡大表示の設定を割りつけました。
リアダイヤルで写真を選択。フロントダイヤルで拡大縮小ディティールの確認。
コレ、殊の外便利です。
設定方法ですが、歯車→ボタン/ダイヤル/レバー→ダイヤル機能と進むと再生マークが登場。
ココのモード選択メニューにフロントが拡大縮小・リアがコマ送り戻しという項目があるので、
ソレを選択。
ちなみに、GH4とK-5にはこの設定はないです。
フィールドではメニュー設定の階層が深くて、急な変更に煩わしさを感じるE-M1ですが、
仕込みをするには、選択肢が多くて悪く無いです。
もっと使い込めよ! ということか・・・
OM-D E-M1+M.ZD ED75mm f1.8
忘れない・・
昨年11月に仙台で仕事があった僕は、その脚でここを訪ねました。

宮城県本吉郡南三陸町。 僕には志津川の方が馴染みがいいのですが・・
311でこの街も想像を絶する大津波により大きな被害、そして多くの方々の尊い命が失われました。
その街の防災対策庁舎。
押し寄せる津波を前に、最後まで防災無線で避難を呼びかけた女性職員の偉業には、今でも胸を打たれます。

多分ALCであったであろう外壁は津波にもぎ取られたのでしょう。堅牢な鉄骨だけが残ったその躯体。それも右に傾いているのが判りますか?
襲いかかった津波のとてつもない破壊力が見て取れます。


職員約30人は屋上に避難したが、屋上の床上約2メートルの高さまで津波が押し寄せ、度重なる津波によって庁舎は骨組みだけとなった。アンテナにしがみつくなどして波に耐えた町長ら11名は生還したものの、庁舎に詰めていた他の職員や住民は津波で流され犠牲になった。(Wikipediaより)
その時ココがどれほどの惨状だったか・・




その先にどんな営みがあったのか・・・・
さて、コレ、なんだか判ります?

JR気仙沼線の橋のたもとです。土盛りだった路盤は跡形もなく流されました・・
気仙沼線の全通は沿線住民の悲願でした。
母の実家が陸前横山が最寄り駅。
夏になると帰省のお供をしていた僕も、開通した年の夏は妙に嬉しかった事を今でも覚えています。
そして志津川まで列車に乗って遊びに出かけた事は今でもいい思い出です。
しかし、津波はその歴史を、そして未来を一瞬にして容赦なく流し去ってしまいました。
鉄道としての復活はあるのかな・・

震災から3年を前にやっと志津川を訪ねることができました。
実は志津川を訪ねたのは10年以上ぶりだと思います。記憶が定かで無い・・
なので、復興作業が進むソコは少し規模の大きい造成地といった趣きで、2011年3月11日14時46分までそこに街並みが
存在していたというリアルな悲壮感を感じなかった。
少しでも思い出の地であるはずなのに、歳を重ねた僕の記憶と現状の脳内処理の結果はそんなものでした。
これじゃ縁もゆかりもない人々にとっては、どんどん過去話になってしまうはずだよね。
忘れない・忘れちゃいけない・・

ここまで読んでいただいて、時系列的に疑問を感じた方も多いのではないでしょうか?
実はこのエントリーは一昨年2013年の11月に志津川を訪ねて、その時の想いを書き連ねたものです。
その時にアップすれば良かったのですが、あと一文足りない気がして、機会を逃していました。
結局、コレまで被災地に対して何もアクションを起こせずに4年が経とうとしていますが、
今や復興は個人レベルの力から、行政と民間事業者による次のフェーズに移っています。
僕にできること・・それは小さな事だけど、この事象を忘れないこと。
この時、以前のエントリーで紹介したお蕎麦屋さん「京極」を、復興した小さなショッピングモールで見つけました。
しかし、残念なことに定休日でした。
懐かしいあの味を確かめに行きたいな・・
この時訪ねた防災対策庁舎。この後解体されると聞いていました。
しかしその後、いくつかの経緯を経て、今年に入り宮城県が2031年まで県有化することの検討をはじめたそうです。
どうなるのでしょうか・・
その決は、今月中に出るようです。
OM-D E-M1+ZD ED12-60mm f2.8-4.0 SWD
意外な・・
再会。
今日お昼に、E-M1は無事ピックアップされて行った。
その時訪ねて来た物流業者の担当者が、なんと高校の時の同級生だった。
ドアを開けて、しばらくやりとりをしているうちに、「○X高校出身ですか?」と聞いてきた彼。
「そうですけど・・」
そして名乗る彼の笑顔をマジマジと見て、その偶然に驚いてしまった僕・・

彼とはその高校時代に、原チャリで清里までツーリングに行った思い出がある。
季節は夏だった。夏休みかどうか、どこをどう廻ったかはよく覚えていないけど、
ギラリとした日差しと、夏の風が心地よかった事は、今でも覚えている。
それはちょっとした冒険旅行だったから・・
高校卒業後は疎遠となった彼とは、10年以上前の同窓会で再会した以来だと思う。
その時の彼は、とあるCMのエピソードくらい太っていて、最初は誰だか判らなかった。
「痩せたよね?」「病気したり色々あったんでね・・」
確か、あの頃の彼は僕と同じサラリーマンで、ちょっとした役職も付いていたように記憶している。
今は自営で物流の請負をしているとのこと。
いつの間にか、お互いサラリーマンを卒業して個人で世間の荒波に揉まれている。
なんという奇遇・・
5分ほどのやりとりで彼は去って行った。
そういえば、連絡先を聞かずに別れてしまった。
まぁ、多分また会えるだろう。
もしかしたら修理上がりのE-M1を小脇に、また訪ねてくるかもしれない。
その時は、呑みに行く約束をすることにしよう・・・
OM-D E-M1+M.ZD ED75mm f1.8
リアダイヤル・・
E-M1のリアダイヤル空回り問題。
コレ意外と有名な頻発している話で、ググるとネット上で相当数が散見される。
そして問題なのが、アッシー交換をしても再発すること。
僕のE-M1も既に2回修理に出して、その都度症状は改善するのだが、再発している。
部品自体に何らの問題があるのは明らかなのだが、
コチラのサイトで「ダメ元でダイアルをひたすらグリグリしまくったら治った」という文言を
見つけて試したところ、なんと治ってしまった。
ブログユーザーのshinさんのコメントによると
「やっぱりダイアルの接点不良やね。取り敢えずこのまま使うけど。」
接点不良か・・ 確かにそうなのだろうけど、こんな事で治ってしまうなんて・・・
とりあえず、僕もそのまま使うことにした。
ところが、最近症状が再発して、グリグリしまくっても改善しない。
前回の修理から半年を迎えようとしていたので、今朝ピックアップサービスを依頼した。

その後、何気にリアダイヤルを再度グリグリしてみたのだが、変な意味で困ったことに
治ってしまった・・
ピックアップは明日の午後。
週末なので、修理予約と回収は出来てもキャンセルが出来ない。
症状が出なければ、修理対応にならない。
コレは、困った・・・
まぁ、仕方ない。明日は経緯の手紙を添えて修理に出そう。
あとは向こうがどのような判断をするかだ・・
それにしても、E-M1を快適に使うには、グリグリが必須なのか・・・
MZD 40-150mm F2.8 PRO+1.4☓TELECON MC-14+OM-D E-M1